散歩と写真 Walker'SceneryPhotos in Kansai

散歩しながら撮った写真 京都・大阪・和歌山。神社仏閣・史跡・季節の花


阪急電車・大阪梅田駅

小学校の頃から慣れ親しんだ電車。

高校・大学の通学には、阪急電車を利用した。

新大阪駅もそれほど遠くなかった。

今ほど便利な駅ではなかったのか、

遠いという印象があったのか、利用しなかった。

今は通勤には新大阪駅を利用している。

 

電車にのって出かけるといえば、阪急電車を利用した。

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子供ころには、阪急電車にのって梅田に出て阪急百貨店のおもちゃ売り場によく行った。

ときどき、帰りには、神戸線、今津線、宝塚線経由でかえったこともある。
同じ経路を二度通らなかったら大回りしても大丈夫と聞いたことがあった。
今はどうだろうか?ダメかな。当時もダメだったかもしれない。が、もう半世紀前の話だから、時効かな?

 

   

 

10面9線大きなターミナル駅「大阪梅田」駅。

とても珍しいようだ。YouTubeでよく取り上げられている。撮り鉄の動画をよく見るからそう思うだけかもしれないが。

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かつては、大阪駅の南の今の百貨店とグランドビルのあたりにホームがあった。

2020年5月5日コロナ初年の緊急事態宣言下

上の写真は、2020年5月5日の緊急事態宣言の頃にとった。正面にあるのが阪急百貨店、その向かって左当たりに阪急電車のホームがあった。向かって右に行けばJR大阪駅。

下の写真は、ちょうど阪急電車のホームかつてあったあたり。向かって右は阪急百貨店。向かって左はグランドビル

どこもかも当時の面影もなく、とてもきれいになっている。

梅田界隈は、とてもきれいに整備された町となった。

いつもどこかで、工事がされていて、新しくきれいになる。

 

   

 

当時京都線は、宝塚線と線路を共用していたようだ。

拡張するために大阪駅北に移転。

最初は神戸線の7-9番線が移転、4-6番線の宝塚線そして、1-3番線の京都線が移転した。

ちょうど大阪万博の頃。

特急も普通も同じ料金

優等列車は特別に料金を取るのが普通のはず。

最近では京阪も特急の一両だけを特別料金をとるようになった。

阪急は、いまのところない。京都線の特急で特別仕様の電車を走らせても、特別料金を取らない。京都の雰囲気たっぷりの「京とれいん」とてもユニークだ。京町屋の雰囲気を思わせる内装。これなら少し席の取り具合をかえて有料にしても十分だと思う。

ただ、これから先は、通常の運賃以外にも特別料金をとることも考えられているようだ。コロナの影響で利用者の減少が見込まれるころも原因なのかもしれない。

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photo.talk-turkey.com

 

 

阪急と言えば小林一三氏。今でも、阪急には小林氏の教えが息づいているように思う。

阪急より大きな鉄道会社は、日本に幾つもある。

ただ、それは、立地の差で、大阪と東京の違いが大きいと思う。

これらの大きな鉄道会社は、阪急のビジネスモデルを使った。JRも民営化する時は阪急モデルを使ったようだ。

阪急は、業界の先端を走っていた。そして、創業者の小林一三翁のDNAを脈々を引き継いでいるように思う。

細かい心遣いがある。

阪急の「大阪梅田」駅。

ホームの床はピカピカだ。

小林一三氏は先を見る目があったのだろうか、発想が豊かだった。

人の思いがわかる人だったかもしれないと思う。

阪神電車と神戸行の客をとりあうような、泥臭いこともしたが。

人の住んでいない箕面有馬鉄道。人がいないなら人がいるようにしようと、沿線の土地を買い分譲地としてローン付き分譲した。
今では、かつての箕面有馬鉄道、今の阪急宝塚線の沿線の豊中市、池田市、兵庫県の川西市、宝塚市といえば、高級住宅街となった。

梅田駅ターミナルで電車の乗る人が買い物して帰ることができるよに、百貨店を作ったた。それも、先に百貨店の先輩の白木屋に出店してもらいノウハウを学んだ上で。

その百貨店も最上階にレストランを作り、その上には遊園地も作った。子供ころもよく行った、子供を連れてもよく言った。人を百貨店の上に集め、かえりは各階を回って帰ってもらう。上から水がながれるように人の流れも上から下へと。

ソーライも有名かも、昭和恐慌のころ、サラリーマンは昼飯にも苦労した。

ライスだけ頼み、あとはただのソースをかけて食べる。いわゆるソーライが流行ったそうだ。福神漬けを添えて食べたようだ。

他のレストランはこれではもうからないと、ライスだけの注文は断っるようになったが、阪急百貨店は、断らなかった。あるドラマでは、断るどころか、歓迎したようだ。小林一三がソーライを食べている人に、福神漬けを配って回るシーンがあった。

なぜ、小林氏は断らなかったか?今ソーライを食べている人の中には、いずれは課長、部長、取締役、社長になる人もいるだろう。その人達が、この時のことを思い出して、また阪急百貨店を使ってもらうことができるかもしれないという考えがあった。

今の効率重視の世界では、考えられない。

若いころ、小林一三氏を取り上げた本をよんで、すごい人だと思った。

阪急沿線にいることが少し誇らしく思った頃がある。

阪急の他社とのちがいは、阪急を利用してもらえばわかるような気がする。