萩の花の咲くころ 萩の寺 東光寺【阪急電車 西国七福神集印めぐり 毘沙門天】 20210919

萩の寺

9月21日は中秋の名月。久々の満月の中秋の名月と朝のテレビで言っていた。
中秋の名月にススキ月見団子とともににそなえる習慣のあるところもあるようだ。

f:id:m3785com:20210920120203p:image

派手さはなく小振りな花をつける萩。遠目に見ると、木の葉の色におされて目立たない。

f:id:m3785com:20210920120240j:image

9月19日から東光院で萩まつりを行うという情報を見て、萩の寺東光院に行った。

7月頃行ったが、時間がなくゆっくり見て回れなかった。秋には萩の花まつりがあると聞いて、注意はしていた。

↓阪急電車高架萩まつりの旗が立っていた。東光院ならの待遇かな。

f:id:m3785com:20210920120326j:image

東光院は曹洞宗のお寺。規模は大きくないが、整備されたきれいなお寺だ。お寺の人の親切丁寧だ。

東光院

このお寺の経歴をウィキペディで調べてみると、いろいろな変遷を経ているのがわかった。

735年(天平7年)に大阪の中津のあたりで行基がこのあたりに火葬の方法を伝えると同時に薬師堂を建て、周りに生えていた萩の花を供えたのはじまりのようだ。その後盛衰があって、一時は「南の四天王寺、北の東光院」と言われるほど栄えたこともあった。

1681年(延宝9年)に相模国功雲寺の霊全和尚が入寺して曹洞宗に改め、寺名を東光院に改めた。
1873年(明治6年)に西成郡川崎村(現在の大阪市北区の天満一帯)にあった川崎東照宮が廃社されるにともない、東照宮本地堂「瑠璃殿」(現・東照閣仏舎利殿)とその本地仏である徳川家康ゆかりの厄除薬師如来坐像(現・三十三観音堂本尊)、東照宮不動堂の本尊・不動明王を当地に移している。
1903年(明治36年)に玉江橋付近(現・大阪市福島区福島1丁目)にあった豊臣秀吉が天正18年(1590年)に相模国最乗寺から勧請した道了大権現(妙覚道了)を祀る道了堂(小田原藩の寄進で建立)を当地に移している。
1914年(大正3年)箕面有馬電気軌道(現・阪急電鉄)の小林一三に宅地開発されつつある宝塚線沿いに移転して町の核となってくれるよう頼まれ、別院があった現在地へ移転した
1973年(昭和48年)に東光院の別院であった浄土宗の谷称院を合併している。
1988年(昭和63年)に交流のあったスリランカの名僧コタヘーネ・ジナランカーラ長老により仏舎利が寄贈されている。
2000年(平成12年)春、スリランカ仏教徒会議により釈迦如来白仏(ホワイト・ブッダ)像が寄贈された。

いろいろな、宗派を受け入れ、戦国時代の豊臣秀吉と徳川家康の両雄のゆかりを引き受け、阪急電鉄の創始者小林一三の願いを受け入れ、別宗派の浄土宗のお寺も引き受けた上、日本とどまらないつながりを持つお寺。上記ウィキペディア「東光院」より引用した。

 

   


門に掛かっているのが徳川家の三つ葉葵なのも、なんとなく分かった感じだ。

f:id:m3785com:20210920121400j:image

本院は、それほど大きいとは言えない。門をはいると左手に、仏像や地蔵の建物が並ぶ。東照宮から引き継がれたものは、「あごなし地蔵」の社に鎮座されていた。社の中を覗き込むと「東照宮」と書かれた札が見えた。
このお寺は、いろいろな神様や仏様がいらっしゃるようで、ひとことで説明するのは難しい。永平寺の曹洞宗であることが中心のようだ。永平寺は厳しい修行をするところと聞いたことがある。そのながれから、お寺の人はまじめで、親切で丁寧だ。

f:id:m3785com:20210920173120j:image

本堂前の萩とススキ。

f:id:m3785com:20210920173407p:image
f:id:m3785com:20210920173415j:image
f:id:m3785com:20210920173341j:image

ホワイトブッダ

仏教の大国のスリランカから、阪神大震災復興を称えるともに、慰霊の意味も込めて贈られたそうだ。f:id:m3785com:20210920173350j:image

七福神像

本堂の前にあった。西国七福神の第一の霊場と書かれている。
このお寺の七福神の神様は、毘沙門天。毘沙門天というと、戦いの神という印象がある。

・・時は下って、大正三年(1914年)1月1日、阪急沿線(箕有馬鐵その沿線における七福淳巡拝を企画されるや、「勝ち運つかむ福の神」としてこの「北野の毘沙門さん」は、沿線七福神の第一番に推戴さる。奇しくも同年1月1日には、宝塚歌劇(当時、宝塚少女歌劇)もそおの第一回の公演が成功す。以来90年、此処におわします毘沙門天王は、大阪最古の「西国七福神霊場」ご本尊として、常に恒に、出世開運「勝ち運をつかむ福の神」 至心帰名の衆人に福徳を授け、才能を与え、その誓願を守護なしたもう。・・・・

と説明書きにあった。阪急沿線七福神はそれほど、昔からあったのだ。

f:id:m3785com:20210920173332j:image
f:id:m3785com:20210920173400j:image

 

   

萩の花

萩園入り口、萩園といって、いいのか?6月頃来たときは、ここは入ることができなかった。

f:id:m3785com:20210920173052j:image

f:id:m3785com:20210920172641j:image
f:id:m3785com:20210920172633j:image

f:id:m3785com:20210920173218j:image
f:id:m3785com:20210920173211j:image

f:id:m3785com:20210921000736j:image
f:id:m3785com:20210921000720j:image
f:id:m3785com:20210921000744j:image

 

アクセス

電車:
阪急曽根駅から北へ4分

車:
名神高速 豊中インターチェンジより車で10分
名阪神高速 豊中北出入口より車で5分
中国自動車道豊中インターチェンジより車で10分 駐車場/数台

 

動画 萩の寺東光院