清涼寺・嵯峨釈迦堂 嵯峨天皇と皇后の檀林檀林皇后の宝塔・源融公(光源氏のモデルと言われる人)の墓所・豊臣秀頼公首塚・回すだけで一切のお経を読んだとされる一切経堂 20230305

渡月橋から清涼寺・嵯峨釈迦堂

渡月橋を渡り、ずっと長辻通りを歩いて、JRの踏切を渡り、丸太町通りの交差点をさらにまっすぐ歩くと、突き当たりに清涼寺・嵯峨釈迦堂の仁王門がある。

清涼寺・嵯峨釈迦堂

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立地としては観光ルートから外れているような感じがしないでもない。

長辻通りも渡月橋渡の袂から嵐電嵐山駅から竹の小径に上がる道ぐらいまでは混み合う。

渡月橋

10時ごろなので、開いている店も少なく人も少な目。昼頃になると人で溢れるかえる。
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先のJRの踏切を渡る頃には、人影も減る。

↓丸太町通りとの交差点。

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この通りより少し西の山側の通りの方が人通りが多い。

この交差点をまっすぐ進むと、清涼寺・嵯峨釈迦堂に辿り着く。

この日はこの交差点で左に曲がり、丸太町通りの起点を探しに行ったが、見つけられなかった。

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この通りは丸太町通り、この先に京都御苑、京都熊野神社、平安神宮、行き当たりは、鹿ヶ谷通り。
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愛宕野々宮両御旅所

参道には、愛宕野々宮御旅所もあった。改装工事中だった。

愛宕野々宮両御旅所

愛宕野々宮両御旅所

愛宕野々宮両御旅所

   



清涼寺・嵯峨釈迦堂

清涼寺・嵯峨釈迦堂は、初めての参拝。

山門へ続く道は整備されていて、観光地の様子がする。

清涼寺・嵯峨釈迦堂仁王門。

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写真をパシャパシャ撮りながら歩いた。ここで変なことが起きた。

スマホと一眼レフのカメラで写真を撮ってきた。常寂光寺でもちゃん撮れた。

しかし、野宮神社の御旅所から、一眼レフの設定がモノクロに変わってしまった。

その時は気づかなかった。

後で見るとモノクロの写真になっていた。

モノクロも味があっていいなと思う。

ここからはモノクロ写真も混在する。

清涼寺・釈迦堂は、浄土宗のお寺。山号は「五台山」。もともとは天台宗のお寺。

清涼寺・嵯峨釈迦堂(五台山)

仁王門から上辻通り。

清涼寺・嵯峨釈迦堂

清涼寺・嵯峨釈迦堂仁王門。

山門をくぐると視界が広がる。本堂とても広い。

清涼寺・嵯峨釈迦堂境内

境内の案内

清涼寺・嵯峨釈迦堂境内案内図

法然上人

浄土宗なので、開祖の法然上人には欠かすことができない。
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清涼寺・嵯峨釈迦堂・法然上人像

このお寺は、いろいろあって見て回るところがたくさんあった。

本堂と本堂から続く方丈庭園があるが、本堂以外にも興味深いところがあった。

多宝塔

まず、多宝塔とその前に咲く梅。

ピンクの梅の花と白い梅の花が咲いていた。

残念ながらモノクロになっていた。

清涼寺・嵯峨釈迦堂多宝塔と梅



清涼寺・嵯峨釈迦堂多宝塔と梅

源融公墓所(光源氏モデルになった人)

多宝塔の後ろには、源氏物語の光源氏のモデルになったと言われている源融公の墓がある。

清涼寺・嵯峨釈迦堂 源融墓 源氏物語の光源氏のモデルとされる人

嵯峨天皇と皇后の檀林檀林皇后の宝塔

その横には、嵯峨天皇と皇后の檀林檀林皇后の宝塔がある。

檀林皇后は源融のお母さんではないが、嵯峨天皇はお父さん。

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嵯峨天皇と皇后の檀林檀林皇后の宝塔 清凉寺嵯峨釈迦堂

この嵯峨天皇と檀林皇后の宝塔の前にあたりからモノクロモードの一眼レフで、写真をtった。色はないけどモノクロもなんとなくいい感じかと思った。

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そして、この宝塔の前に河津桜が少し咲いていた。嵯峨天皇・檀林皇后の前で写真を撮っていると、後ろから「桜咲いている」と聞こえた。河津桜花の写真おスマホに収めていた。その中に割り込むのも気まずいので、ぐるっとひと通り見て回った後、近くまで来たので本当に桜か確認するためによってみた。

自分の知識では、判別がつかないにで、写真を撮ってGoogleに聞いてみた。答えは「河津桜」だった。早咲きの桜。

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一切経堂

一切経堂内にある輪堂には明版一切経を収めている。これを一周まわすと、一切経を読んだのと同じことになる。

清凉寺嵯峨釈迦堂 一切経堂

一切経堂 清凉寺嵯峨釈迦堂

これを回す。

一切経堂 輪蔵 清凉寺嵯峨釈迦堂

矢印のところあたりに、バーがあって、それを押して、輪蔵を回す。
押してみると意外と重かった。
これで一切のお経を読んだことになるのだからこれくらいは大丈夫。
お経の重さ。
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茶店

一切経堂の横には茶所がある。茶所の前の庭には梅の花が咲いていていい感じだった。手水もあった。

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棲霞観跡

阿弥陀堂の前にあった。

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嵯峨天皇皇子で皇族姓の源融(みなもとのとおる・822~895年)が、九世紀後半に嵯峨に営んだ山荘。融は晩年に写経や造仏に着手したが業なかばで他界したので、子供たちが完成させて棲(栖)霞寺とした。永延元年987年)、斎然は宋より請来した釈迦如来像ほかを棲霞寺境内に安置し、宗の五台山清涼寺に倣った寺院の建立を目指い田果たせず、遺志を継いだ弟子によって棲霞寺の一郭に釈迦堂として発足したのが清凉寺である。かつて棲霞寺にあった阿弥陀三尊像(国宝)は現在、清凉寺の霊宝館に安置されている。・・・

 

阿弥陀堂(白い梅が咲いていた)

阿弥陀堂の前は、白い梅の花がいっぱい咲いていた。

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阿弥陀堂 清凉寺嵯峨釈迦堂

豊臣秀頼公の首塚

そして、本堂の横には、豊臣秀頼公の首塚がある。

豊臣秀頼公の首塚

狂言堂

狂言堂 清凉寺嵯峨釈迦堂

薬師寺

秀頼公の首塚に薬師寺がある。写真を撮ろうとおもったが、海外からのグループが写真撮影をしていたので、ちゃんととれなかった。

おそらく、ここに、これから行くところの福生寺が合併された寺だろう。

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聖徳太子殿

さらに奥に多宝塔の源融公の墓の後には太子どうがあった。

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本堂と方丈

本堂内は撮影禁止。本堂から繋がる渡り廊下から庭を見つつ、庫裡へ。この渡り廊下から見える所が方丈?

↓本堂からの渡り廊下

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↓弁天堂
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↓庫裡
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↓庫裡の庭
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地図・アクセス

アクセス

市バス「嵯峨釈迦堂前」下車徒歩約3分

JR山陰本線(嵯峨野線)「嵯峨嵐山駅」下車徒歩約10分