散歩と写真と歴史(京都・大阪など)

スマホで撮った写真 京都・大阪・和歌山など。



日岡山公園ー2 日岡御陵 日岡神社 (兵庫県加古川) 2019(令和元年)0713

★★★目次★★★

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日岡御陵

「褶(比礼)墓」石碑の前からさらに歩くと、日岡御陵の入り口が見えてくる。日岡御陵の参道は日岡神社から続いているようだが、聖徳閣跡からも行けるようになっていた。

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日岡御陵

景行天皇の皇后 稲日大郎媛(いなびおおいらつめ)の墓だと言われている。

「褶(比礼)墓」の石碑の説明にもあったように、亡骸は加古川に沈んでしまい、遺品が埋葬されているのだろうか。

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景行天皇は、12代天皇ヤマトタケルのお父さんで、実在するとすれば4世紀の大王とされるとウィキペディアにあった。宮内庁天皇系譜では在位は1世紀から2世紀(71年から130年ごろ)になっている。日本書紀古事記の編纂のきっかけを作ったと言える40代天皇天武天皇の頃より300年から500年ぐらい前になになる。日本書紀(720年成立)や古事記(712年献上)の成立から400年から600年ほど前の時代だ。今からだと室町時代。そんな前の時代のこと。当時は、昔の話を口伝えに伝承はされていたのだろうが、正確性がどれだけあるかは疑問だ。年代は不確かだ。実在したかも判然しないだろう。

   

 

日岡神社へ

日岡御陵に参ったあと、来た道と別の道を降りた。この道は、石の階段の道だった。これが日岡神社からの参道となるとのだろうかと、その階段を降りた。

↓この道が来た道。

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↓下の写真のような道を降りていった。日岡神社からの道と分からなかったので、最初は、この階段どこに行くのか、誰も上がってこないので、行き止まりか?それだったら戻らないといけないので嫌だなとお思いつつ降りた。

日岡山に入って人と会わない。ただ、ひとりだけ、展望台に上がっていくヒトと遭っただけ。

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降りていくと、常楽寺?かなと思える敷地が木々の間から見えた。さらに降りると、宮内庁の標識があった。この辺りで下りの階段は終わる。

ここからは。木々の間から常楽寺の境内がよく見えるようになった。
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宮内庁の標識からは、不揃いの石が埋め込まれたゆるいくだり坂の道。石の形や大きさがバラバラなのでゴツゴツで歩きにくかった。
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さらに降りると、迂回のお願いがあった。この先、日岡神社に行く道は、建物工事で今年の10月末まで通れない。
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この先に見えるのが日岡神社。

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↓下の写真。「日岡御陵誰のお墓」といいクイズの看板が参道の横にあった。「(一社)神話からつながる街づくり」の看板だ。QRコードあってアプリダウンロードするとARが楽しめるようだ。

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この先が駐車場。
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日岡神社

日岡御陵の参道から迂回路で駐車場を渡った。そこに鳥居があった。

ここから日岡神社だろうか?と思いつつ、その鳥居くぐった。お参りした。

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日岡神社は安産の神様。

境内を歩いていると、小さな子供連れの家族を見かけた。本殿では、安産願う神事が行われていた。お参りする場所から見えた。邪魔をしないように鈴も鳴らさず柏手も打たず静かにお参りした。

 

夏大祓の茅の輪と絵馬があった。

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日岡神社が、安産の神様と言われる言われにも日岡御陵の稲日大郎媛が関わっている。

稲日大郎媛が懐妊した時最初の皇子が難産だったので、日岡神社の主神となる天伊佐々彦命(あめのいささひこのみこと)が祖神に祈ったところ無事に出産できたとのこと。

その天伊佐々彦命(あめのいささひこのみこと)が祀られている。

キャラクターもある。f:id:m3785com:20190717202450j:image

入口あたりから。

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その後ろには随身門があった。
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日岡神社でてまっすぐ歩いていると、大きな鳥居が目に付いた。

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日岡神社の参道の鳥居だろうかなと思い行ってみると、大きな石造りの鳥居。一部補強されている。その下を頻繁に車が通る。振り返ると遠くに随身門がみえた。額束もなく。前にある石碑はかすれて文字が読めない。
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