崇道神社 天皇になれなかった桓武天皇の実弟早良親王を祀る。日本初の怨霊を鎮めるために・・・。 20230416

崇道神社

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崇道神社境内図
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桓武天皇に弟の早良親王(さわらしんのう)が祀られている。

早良親王を祀る神社は 藤森神社、御霊神社(上御霊神社)などがあるが、親王だけを祀る神社はこの神社。

延暦4年に起こった藤原種継暗殺事件の首謀者として逮捕され、乙訓神社に幽閉された後、淡路に流される途中、無実を訴えて絶食死した。その後桓武天皇の親族の死が続き、都に疫病が流行した。早良親王の祟りとして噂され、延暦19年に早良親王の怨霊を鎮めるために、「崇道天皇」と追号を贈り、墓を現在の八島陵へ改葬した。

早良親王は日本史初めての怨霊。

 

   

 

伊多太神社

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上高野最古の神社。伊多太(いたた)は「湯立て」を意味し、出雲系の農耕守護神とされる。応仁の乱で焼失後、明治16年に再興され、明治41年に崇道神社に合祀された。上高野大明神町には旧跡が保存されている。(ウィキペディア「崇道神社」より)

 

小野神社

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祭神:小野妹子・小野毛人)小野一族を祀る。境内の山中に祭神である小野毛人の墓がある。(ウィキペディア「崇道神社」より)

当初は崇道神社の川向にある神社の御旅所、里堂(みこし庫)の南に2メートル位の石垣の上に明治時代までズンショ(神所或いは十三祠)の森があり祠を祭ってあった。その森が小野神社の跡ではないかという説がある。現在崇道神社の境内にある小野神社は、昭和46年5月地元の人々によって再建され小野毛人(えみし)を祀っている。毛人の墓は社の左手150mほど登った山腹にある。

小野毛人(えみし)の墓。

この墓があるのは、小野神社がこのあたりあったという。
小野毛人は、初めての遣隋使小野妹子の子。江戸時代に、上高野を見渡せる山の中腹に青銅墓誌が見つかった。それが小野毛人のものだったそうだ。青銅の墓誌は京都国立博物館に保存されいる。
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5分ほど歩いて、到着。
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地図・アクセス

叡山電鉄「三宅八幡」駅下車徒歩10分
京都バス 地下鉄国際会館駅より 大原行き 「上橋」バス停下車1分