入園して最初に目についたのが、
茅吹の小さな建物の茶室の遺芳庵だった。
遺芳庵(いほうあん)
方丈の背後にある田舎屋風の茶室で、近世初期の商人で趣味人であった灰屋紹益が夫人の吉野太夫を偲んで建てたものという。(ウィキペディア「高台寺」より)
庭園
夏の空と雲と強い日差しと山や木々芝の緑と蔭。
百日紅の花の色が、鮮やかに見える。
観月台
庭園の偃月池の上に架かる橋の真ん中あたりが少し屋根が高くなっている。この辺りが観月池。
観月台(重要文化財) - 慶長年間(1596年 - 1615年)に高台院により伏見城から移築されたもの。豊臣秀吉遺愛の建物という。解体された北書院と開山堂を結ぶ屋根つきの楼船廊の途中にある小規模な建築で、偃月池に掛かる。ここから高台院は亡き秀吉を偲びながら月を眺めたという。 (ウィキペディア「高台寺」より)
方丈
方丈から庫裏に続く廊下。
方丈と方丈庭園
勅使門
方丈の門
中門
方丈の門を出るとすぐ、中門があった。
開山堂へ入る門。
開山堂
右に見えるのは臥竜池。
臥竜廊
開山堂から霊屋に続く臥竜池に架かる臥竜廊。
霊屋から開山堂の方向。
臥竜廊の臥竜は下のような文字を使っていた。
傘亭と時雨亭
傘亭と時雨亭へ上がる道
傘亭
時雨亭
こちらが時雨亭かな。
霊山観音横顔
時雨亭の横から霊山観音の横顔を拝むことができた。
霊屋
時雨亭のあと開山堂の近くまで降りてきたので、先ほどの上がった霊屋と傘亭・時雨亭に上がる道を上がり、霊屋へ向かった。
霊屋(おたまや、重要文化財) - 慶長10年(1605年)に高台院により建立。秀吉と高台院を祀っている。秀吉の墓がある阿弥陀ヶ峰の豊国廟に向けて建てられている。開山堂の東方、一段高くなった敷地に建つ宝形造檜皮葺きの堂。内部は中央の厨子(平素、扉を閉じている)に大随求菩薩(だいずいぐぼさつ)像を安置し、向かって右の厨子には豊臣秀吉の坐像、左の厨子には正室・高台院の片膝立の木像がそれぞれ安置されている。(ウィキペディア「高台寺」より)
高台寺のモミジ
開山堂の前の庭には、もう色が変わっているモミジがあった。
高台寺の庭園もモミジの木が多かった。
紅葉の頃は綺麗だろう。
霊屋や傘亭・時雨亭に上がる道のモミジ
時雨亭から下る竹林の手前のモミジ
竹林
傘亭・時雨亭からさらに進むと、緑の回廊の下り坂。
モミジの木の向こうに竹林。
竹林を抜けると。
恋人の聖地
恋人の聖地があった。