松尾祭 3年ぶりの還幸祭(おかえり) 神輿を追いかけて 旭ノ社まで【京都市下京区】 20260517

 

松尾祭還幸祭に行った。

3年ぶり。

photo.talk-turkey.com

3年前はJR西大路駅から旭ノ社(唐橋西寺公園)に向かう神輿を見ながら歩いた。

今回は、還幸祭の日の各御旅所の様子を見に行った。

 

まずは、旭の社から一番遠い衣手神社から。

阪急「西京極」駅で降りて、

駅近くの喫茶店で

モーニングを食べて腹ごしらえして、

西京極総合公園を通って衣手神社に向かった。

 

阪急「西京極」駅

 

3年前松尾祭の期間(神輿が御旅所にある期間)に、

同じく西京極駅から歩き出して、松尾祭の御旅所巡りをした。

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還幸祭の日の御旅所はどんな感じか見たかったが・・・。

まだ何かあるだろう思ったが・・。

衣手神社

だれもいなかった。

祭の痕跡は何もなかった。

もう出た後のようだ。

残念。

手水舎、ここの手水舎は亀

元気に水を出していた。

 

なんとも残念だが、

次に行く予定は三ノ宮神社

この調子だと、三ノ宮神社ももぬけの殻だろうか?

と思いつつ歩いた。

 

この日はいい天気だった。

西京極総合運動公園

真っ青な空だった。

公園と言えば、ランニングする人。

たくさん見かけた。

暑いのに大変だと思った。

 

今日二回目の西京極駅

衣手神社から三ノ宮神社へ向かうには、一度西京極駅前を通る。

 

衣手神社の様子を見て、

ちょっと不安になっていた。

松尾祭の還幸祭は先週に終わっているのではないかと。

しかし、西京極駅駅前の店に、松尾祭のポスターを見かけた。

ちゃんと5月17日とあった。

今日が松尾祭の還幸祭で間違いない。

とにかく三ノ宮神社がどんな感じなのか、足を進めた。

 

   

 

三ノ宮神社

そして三ノ宮神社

静かだ。

衣手神社と同じか?

 

神社横の掲示板に祭のポスターががあった。

よく見ると

9時過ぎには、神社を出ていた。

着いた時は10時半を過ぎていた。

 

そうだよね。

お祭りの日に、10時頃まで、ずっと神社にいることはないよね。

行くのが遅すぎた。

西京極駅前でモーニングを食べている場合ではなかった。

 

時間的には、三反田町を出た頃。

三反田町はどこ?全くわからない。

三ノ宮神社を後にした。

松尾三ノ宮神社鳥居

 

西七条御旅所へ

次は七条西御旅所へ向かうことに。

ここも同じだろうが、ここは出店がたくさん出ている。

 

七条西御旅所に向かって歩いていると、

警察の人が見えた。

警察の人がいるということは、このあたりに祭の一行がいるかもしれないと思った。

応えてくれるかわからないが、

声を掛けて「祭の一行はいまどのあたりですか」と聞いてみた。

すると、応えてくれた。

「200mほど先を右に曲ったあたりにいるよ」と

そろそろ七条通りに出る頃なのだ。

 

御輿の一行を発見

何気に、祭の音が聞こえてき多様な気がした。

そして七条通りに出ると、神輿がいた。

おそらく先に行くのは衣手社で後ろが三ノ宮社の神輿だろう。

追いついた。

そして、その前

郡のハッピを着ているので衣手社

大轅(おおながえ)が新しくなっていた。

3年前の松尾祭で御旅所めぐりで、衣手神社に行ったとき、

神輿の番をする人から

大轅(おおながえ)を作り変えるという話を聞いた。

真新しい、大轅(おおながえ)。

 

   

 

西大路七条

そして西大路七条

西大路七条交差点で、神輿の一行は右折し西大路を南下する。


東から来ていた宗像社の神輿が交差点手前で待機。

衣手社と三ノ宮社の後に宗像社。
これは3年前と順番が同じだ。

 

衣手社

 

三ノ宮社

 

上の二社は「ほいっとほいっと」という掛け声で通り過ぎた。

宗像社は「あらうんとまかせ・・あらよいよい」という掛け声だった。

 

宗像社

 

祭は町の同窓会みたいなもの。

西大路の交差点で、神輿が通るのを撮影していると、神輿の一行が通る時、待機している神輿の一行の人大きな声をかけあったり、懐かしい人とあって嬉しそうだった。

といっても一年ぶりということかも。

こうした町の同窓会が年に一度もであると、

町の結束がつよくなるのだろう。

町全員ではないとは思うが、

町中の人が仲良く結束できるのはいいことだと思う。

 

西七条御旅所へ

一行を追いかけず、宗像社が来た東へ、西七条御旅所へ向かった。

 

歩いていると、ポスターの写真を撮っている人がいた。

何かと思って近寄ってみると、

下のポスターだった。

このあたりは宗像社の氏子町になるのだろうか?

松尾祭で宗像社が巡行する経路図がポスターに載っていた。

七条通りより北が宗像社の氏子町のようだ。

これが宗像社の神輿蔵

 

ここから、西七条御旅所のある御前通り。

昼からこの通りを旭ノ社を出た唐櫃と神輿六基すべが通る。

 

西七条御旅所

西七条御御旅所のには、出店が並んでいた。

子供たちの声がよく聞こえた。

楽しそうだ。

祭の日だから。

境内にも出店が出ている。

 

   

 

旭ノ社(唐橋西寺公園)へ

境内の出店を観ながら、

お参りをして、

横にある社務所で、御朱印を買った。

社務所では、神官さんが出かける準備をし、

三々五々旭ノ社へむかっていった。

 

神官さんたちの後ろを歩いていると、

今度は四之社のポスターを見かけた。


西七条御旅所のまわり、七条通りから南は四之社の氏子町なのだろう。

 

御前通りは、JRの下を通るが。けた下がとても低く、狭い。

神輿はとうて通れない。

その為、神輿は西大路通りを通る。

若一神社の標識もあった。

確か西大路通り八条にあった。

 

高架下のトンネルは年季を感じる。

 

高架下トンネルを出ると、先には西大路通りを通った神輿が見えた。

御前通りに入る手前で神輿が待機していた。

衣手社、三ノ宮社、宗像社だろう

 

道路に書かれた文字で初めて見た文字があった「機」という字だ。

画数が多く、道路に書くのは大変だと思うが。

「信号機あり」だったが、「信号あり」でもいいかと思う。

なんか意味があるのだろうか?

 

旭ノ社(唐橋西寺公園)

旭ノ社に向かっている歩いていると、

旭ノ社に入ろうとしている神輿が見えた。

四之社の神輿かな。

すごい砂煙。

下が砂地なので、神輿が通るとすごく砂煙が立つ。

四之社の神輿が定位置に着いた。

一番最初に旭ノ社入りした大宮社。

三番手の衣手社がやってきた。

松尾祭還幸祭 衣手社

ナリカンを鳴らしながら担ぐ人も大変だが、

方向をコントロールする人も一生懸命に右や左に押したり、引っ張ったりする。

旭ノ社に入ると、今度は方向転換。

進んできた方向と逆方向に進む。

この日は快晴。砂煙がすごかった。


直ぐに次の三ノ宮社が入ってきた。

神輿を担ぐとなると、どこの社は関係ない。

三ノ宮社だが、他の神輿の人も参加して神輿を担いでいた。

下の写真では四之社の人が神輿を担ごうとしていた。

神輿を担ぐのは大変だ。1トンか2トンある神輿を担ぐのだから。

しかも派手に動き、前に進む。

担ぐ人の倍人が居ても難しそう。

今は、神輿を担がないところでは、神輿は台車に載せている。


つづいて

宗像社が旭ノ社に入ってきた。

 

最後に櫟谷社(いちたにしゃ)

 

御輿勢ぞろい

全てそろって。

 

 

 

全てそろったあとすぐ神事が始まった。

この間は神輿をかつぐ人は昼食休憩。

   

 

御輿の前では、神事をやっているので、後ろに回って。



月読社の唐櫃

 

 地図