西賀茂大将軍神社
平安京の周りには、将軍神社がいくつかある。
GoogleGeminiに聞いてみた。
京都には「大将軍」と名の付く神社で4つあった。
1. 大将軍八神社(たいしょうぐん はちじんじゃ)
場所: 上京区一条通御前西入(北野天満宮の南西)
役割: 平安京の北西(天門)の守護。
特徴: 方除けの神として非常に有名です。国重要文化財の「大将軍神像」を多数所蔵しており、陰陽道との関わりが深い神社です。
2. 西賀茂大将軍神社(にしがも たいしょうぐんじんじゃ)
場所: 北区西賀茂角社町 役割: 平安京の北(玄武)の守護。
特徴: 閑静な住宅街の中にあり、本殿は一間社流造(いっけんしゃながれづくり)で京都市指定文化財となっています。
3. 大将軍神社(東山三条)
場所: 東山区三条大橋東入(東源氏蔵町)
役割: 平安京の東の守護。
特徴: 三条通に面しており、かつては東の境界を守る要所でした。樹齢約800年とされる大きな銀杏の木が有名です。
4. 藤森神社 境内の大将軍社(ふじのもりじんじゃ)
場所: 伏見区深草鳥居崎町
役割: 平安京の南の守護。
特徴: 藤森神社の境内に摂社として祀られています。
都守護という意味では、他にも「京都五社」があるようだ。
北:上賀茂神社
東:八坂神社
南:城南宮
西:松尾大社
中央:平安神宮
とあるが、
平安神宮ができたのは、明治だからちょっとどうかなと思ったりする。
これをGoogleGeminiに返してみると、
平安神宮は明治天皇を祀る神社なので別格のような感じだった。
これを言い出すと、長くなりそうなので、
西賀茂の大将軍神社へ行った話。
ゴールデンウィークの最終日の5月6日、
再び西賀茂に赴いた。
4月29日の続きを歩こうと思った。
4月29日は、神光院の後、空腹を満たそうと、賀茂川に出て下ることになった。
神光院の少し南に、「大将軍神社」がある。
そこに行ってもよかったが・・・・。
とにかく西賀茂散歩の続きで
前回と同じ四条堀川からバスに乗った。
バスを降りて、バスの行く方向を見ると、
スギ薬局が見える。
スギ薬局の向かい辺りに「神光院」がある。

今日の起点は
大将軍神社
大将軍神社は似たような名前の神社があるので、
地名をつけて、
西賀茂大将軍神社というようだ。
たくさんの神様がいらっしゃる。

神社は大きな木が植わっているところが多い。
鎮守の森とでも言うのだろうか?
お寺は庭がきれい整備されているのがいいと思う。
神社はたくさんの大きな木が茂っているところも、またいいものだ。
鎮守の森の木々はとても好きだ。



鳥居をくぐり、すぐ右手に手水舎。
横に井戸があって、蛇口を回すと、水をくみ上げるモーター音がした。

その奥には社務所がある。
書置き御朱印を頂こうと思ったが、ここでは書置きの御朱印は用意していなかった。
御朱印帳に書くのはできるようだ。
拝殿


本殿側から

本殿
本殿の前には盛砂が二つ。

この建物の中に、1620年賀茂社御造営の際、譲り受けた旧摂社片岡社があるようだ。
ずっと大将軍神社の御本殿として祀られてきた。
この片岡社は現存する流れ造社殿として日本でもっとも古い建物のようだ。
祭神
御祭神は御本殿に磐長姫命を主祭神
磐長姫命(イワナガヒメ)
岩のような永続的な命(不老長寿)を司る神であり、ニニギとの結婚話で美人の妹と対比され、容姿を理由に返されたエピソードで知られる。(ウィキペディア「イワナガヒメ」より)
東側末社群
・角社 – 素戔嗚尊(すさのおのみこと)、本来は大将軍か牛頭天王
・片岡神社 – 事代主神(ことしろぬしのかみ)
・貴船神社 – 高龗神(たかおかみのかみ)
・稲荷神社 – 宇気母智神(うけもちのかみ)


西側末社群
・愛宕神社 – 火之迦具神(ほのかぐつちのかみ)
・松尾神社 – 大山咋神(おおやまくいのかみ)
・八幡神社 – 応神天皇(おうじんてんのう)
・春日神社 – 天児屋根命(あめのこやねのみこと)
・山王神社 – 大山咋命(おおやまくいみこと)
境内
境内をフラフラ散策
それほど広くはないが、
木々が鬱蒼としていて、歩ける範囲で歩いてみた。


来た参道は別に西に続く参道があった。
出口の鳥居が見えた。

一旦出て

また、戻って、

見上げると高い木が、放射状になって見えた。

地図
西賀茂散歩
西賀茂大将軍神社を出て、
来迎山 大船院 西方寺へ向かった。
西賀茂は造園の職人の町?
西賀茂のあたりは前回歩いて、造園業の会社が多いのかなと思った。
大きな自然石を置いているところがあった。
GoogleGeminiに聞いてみた。
1. 職人の街としての歴史(西賀茂)
西賀茂周辺は、古くから「正伝寺」などの名刹があり、門前町や農村として栄えましたが、同時に御所や公家、寺院の庭園を管理する職人たちが住み着いた歴史があります。特に西賀茂の職人たちは、京都の伝統的な庭園技法を代々継承しており、現在も多くの造園会社や個人事業の植木屋さんが軒を連ねています。


4月29日に歩いた時も見かけた。
庭もキレイにされている家をたくさん見かけた。
松の枝を横に長く伸ばして、門の上に這わすようにしている様子も見かけた。
次の目的地、来迎山 大船院 西方寺の石碑

石垣がいい感じの来迎山 大船院 西方寺
歩いていると、
新しい石垣があった。
造園業の会社がたくさんある所なので、
石も組み方もいい感じだ。
石の組み具合と石の色合いに眼を惹いた。

積み方は、カラ積みのようだが、高さが2mもなさそうだし、
ちゃんと崩れないようにしているのだろう。
いい感じの石組。

石垣沿いを歩くと、来迎山 大船院 西方寺があった。


石垣のある所は来迎山 大船院 西方寺だった。

中に入って、写真を撮ったりしたが、賽銭を入れる所がない。
寺の人に聞いてみると、このお寺は拝観はしていないとのことだった。
拝観をしていないということなので、中で撮った写真は載せない。
来迎山 大船院 西方寺から次は、「御土居」跡のある大宮交通公園へ向かった。
西賀茂の街を歩いていると、比叡山がよく見える。

大宮交通公園の御土居
大宮交通公園

交通公園ってなんだろうと、
公園に入った。
入ると、
公園内に信号があった。

そう言うことかと納得。
公園には子供たちの楽しそうな声が響き渡っていた。
御土居へは、下に降りず、入って横に続く道の先ある。

歩いていると
なんだろう「しがらマウンド」


しがらマウンドとは、GoogleGemini聞いてみた。
「しがらマウンド」は、主に河川の護岸や斜面の補強に用いられる「しがら(柵)」という伝統的な技法を、現代的な景観設計や環境保全に応用した構造物のことです。 分かりやすく言うと、「木の杭や枝を編み込んで作った土留め(どどめ)の山」のようなものを指します。
<略>
散策路の脇などで、低い木の杭と枝が丁寧に編まれている場所があれば、それが「しがら」の技法を使ったマウンドかもしれません。見た目にも職人技が感じられる、温かみのある風景の一部になりますね。
しがらマウンドの横にブランコがあり、その先に「御土居」があった。


秀吉の頃と江戸時代前期の頃の京都の町を比べる地図があった。
秀吉の頃は、上京と下京が分かれていて、
それぞれが総構の防御構造をして自衛していた。
京都の町衆が自衛のために作った町の様子がうかがえる。
「京都人の密かな愉しみ(継承)」でも出てきた京都の上京と下京のエリアが描かれている。

御土居の上を歩いた。


御土居

もう一か所「御土居」跡があるのでそちらへ向かった。
途中の道、緩い上り坂だが、まっすぐの道でいい感じだった。

御土居(大宮)

いいかわからないが、
フェンスの間からスマホのレンズの部分を突っ込んで撮ってみた。

ここの「御土居」エリアは広かった。
この場所とは反対の方向で、
もっとよく「御土居」が見えないか行ってみた。
Googleマップで場所を設定して、経路を検索した。
それが、わりと距離があり、上り坂の住宅地をあるくとになった。
本当は上り坂を上がらなくても行くことができる、近道があったのだが、
この向こうに「御土居」がある。

「御土居」はこれで終わり、
次へ、次はどこまで行こうか?
とりあえず、今宮神社の御旅所を目指そうと決めた。
北山通りから
北山通りに出て、

今宮神社の御旅所に向けて歩いた。
北山通り沿いの街路樹にきれいな花が咲いていた。


総神社天満宮
さらに歩いた。
住宅街の中に神社があった。
住宅街に背の高い木が目立つ神社だった。
総神社というようだ。

天満宮とあった。
「総神社天満宮」が正式名だろうか?





手水舎の龍の写真を撮って視線を上げると、「鬼」がいた。

なぜかと、またGoogleGeminiに聞いた。
1. 厄除け・魔除け(鬼門封じ)
京都は古くから「鬼門(北東)」を非常に意識する街です。この鬼の面は、邪気が入ってこないように睨みを利かせる「魔除け」の役割を担っています。「毒をもって毒を制す」という考え方に近く、恐ろしい姿の鬼を置くことで、外からの災厄を追い払う結界のような意味があります。
2. 「改心した鬼」の象徴 日本の信仰では、もともと悪者だった鬼が神様に調伏(降参)し、その後は改心して「神の使い」や「守護神」として働くという物語が多くあります。手水舎という、参拝者が身を清める場所に鬼がいるのは、「この水で心の汚れも落とし、清らかな存在になりなさい」という教えや、聖域を守る番人としての姿を表していると考えられます。
総神社の背景 ちなみにこの総神社は、菅原道真公ゆかりの神社(日本最古の学問所とも言われる「菅宿坊」跡)であり、子育てや教育の信仰も厚い場所です。周囲には源義経(牛若丸)の誕生地にまつわる史跡も多く、非常に歴史の層が厚いエリアですね。
手水舎から本殿にお参りをして、さらに進むと、また入り口があった。

青紅葉

こちらにも大きな木があった。

それよりも、最初に見た大きな木ともう一本のある大きな木、
それも、その周辺は広い空間になって砂利が敷かれていた。
なんの為のものだろうか?
祭など祭事の為だろうか?


写真を撮ってGoogleで調べたが、樹種はわかなかった。
まだまだ続くよ
北山通りを過ぎて、総神社までやってきたが、ここで西賀茂散歩は終わり。
ここから新大宮商店街を通り今宮神社の御旅所へ行った。
水火天満宮、本法寺、尊陽院、摩利支尊天堂を経て、出町柳まで歩いた。
今宮神社の御旅所は、今宮祭の還幸祭の様子と一緒にまたの機会に。
西賀茂散歩行程



