堀川通りを巡行する神輿一行
紫明堀川交差点で信号待ちしていると、「ホイットホイット」と言う掛け声と太鼓の音がが聞こえてきた。この春よく聞いた掛け声だ。堀川通りの南行き車線の端を白い装束の人に囲まれて金色の神輿が巡行しているのが見えた。

信号を渡り、神輿の後をつけた。どこの神社か?
歩いていると、赤い水火天満宮の旗が見えた。
春も偶然、前を通りかかり、参拝した。
その時も境内で人が集まり祭を行っていた。
偶然にもこの天満宮の祭の時に、何か導かれるように行くことになった。
水火天満宮はきょうが、水火祭の日。
毎年、10月上旬に行われている。
今年は、10月1日。偶然にもその祭に出会うことができた。
神輿は堀川上御霊の交差点を右折して行った。一行はこの先千本通りまで行くようだ。
しかし、祭は14時から始まって、神輿が天満宮を出たとしても、見かけたのは、天満宮より北の紫明堀川交差点だった。そこそこの行程を進んできたのだろうか?
水火天満宮
水火天満宮は、境内は広くないが、落ち着く佇まいだ。
神輿が出た後なので、静かだった。


入り口の由緒書きを読んでいると、「はい」と鈴のお守りを渡された。

横には扇町(天神)公園がある。大阪にも天神橋筋沿いに扇町公園がある。

扇町(天神)公園側にも入り口がある。
由緒書き案内看板
ここに「日本最初の天満宮」と言う理由が書かれていた。

由緒書きより抜粋
祭神は、平安時代の政治家であり、漢詩人・学者としても有名な菅原道真である。
由緒書・家系図には「洛陽一条下り松の霊地に、雨水雷火の難を消除の守護神として菅公を祭る為に、延暦寺の尊意僧正に勅命ありし、日の本最初の天満宮の勧請の最初なり」とある。都の水害・火災を鎮める為に、第六十代醍醐天皇に命じられた。道真公の師でもあった延暦寺の尊意僧正によって、延長元年(923年)六月二十五日、「水火の社天満大明神」という神号の勅許を醍醐天皇から賜り、水火社天満宮として菅原道真公の神霊を勧請し建立された。
水火天満宮が「日本最初の天満宮」と号する所以は、右記のように「天皇の勅命にて神号を賜り、天満宮としたこと」および「初めて道真公の神霊を勧請した」による。
追記 2023年4月2日 櫻花祭
水火祭の半年前の桜の頃にも、水火天満宮に参拝していた。
櫻花祭の時だった。





追記 2026年5月6日(水)
西賀茂から今宮神社の御旅所を歩いて、堀川通りにたどり着いた。
その時、水火天満宮にお参りした。
今見神社では5月5日に神幸祭があって、5月10日の還幸祭までは、今宮祭の期間。
前述の通り水火天満宮の祭は秋。
参拝した時、大きな木に覆われた境内は静まり返っていた。
自分がお参りをしていると参拝者が後からひとりやってきた。
それだけ、神社の人の気配もない。
その時の様子の写真を紹介する。
堀川通り沿い鳥居

広くはない境内だが、静かで、交通量の多い堀川通り沿いにあるとは思えない。



扇町公園側鳥居

地図・アクセス
京都市営バス9号「天神公園前」から徒歩3分
地下鉄「鞍馬口」駅から徒歩13分