城下町柏原散歩 織田家ゆかりの町 【兵庫県丹波市柏原】 20260320

JR柏原駅(かいばら)前

前に紹介した駅

帽子をかぶった人が駅舎の上に腰かけているような駅

 

photo.talk-turkey.com

前回は、柏原「雛めぐり」を紹介した。

 

photo.talk-turkey.com

 

武者姿でアピール

列車が柏原駅に着いた時、

駅のホームに何かいると思ってた。

人かな?

降りてわかった。

武者姿の人がいた。

何だろうか?

イベント?

 

聞いてみると

柏原駅より二つ福知山方面に黒井駅がある。

そこの町のアピールに来ているようだ。

黒井町には、「道の駅  丹波おばあちゃんの里」がある。

連れて行ってもらったことがある。

地図を見ると黒井町もたくさんの名所がありそうだ。

ただ、この駅は柏原駅のように特急停車駅ではない。

 

上の写真の幕に「あおがき」とあった。

「あおがき」というところはどこか調べた。

黒井よりさらに北にある町だ。

鉄道は通っていないが、高速道路が通っている。

 

   

 

昨年の7月30日

柏原では

最高気温41.2度を記録したそうだ。

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それまでの記録を塗り替えた。

8月になると41度超えるところが続出。

伊勢崎で41.8度を記録した。

これが今の日本での最高気温。

 

 

街中へ。

国道176号線。

大阪の梅新からずっと続いている国道。

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国道176号線から曲がった。

地図ではこの先は商店街があるような。

「城下町 かいばら」の街路灯がよく目に付く。

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やぐら公園

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柏原は織田家のゆかりの地

やぐら公園の案内に、

 

柏原のまちについての記載があった。

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柏原藩は織田家が藩主だった。

二つの織田家に分かれていた。

前期(1598年-1650年)と後期(1695年-1871年)に別れる。

前期は、織田信長の弟の織田信包(のぶかな)が最初の藩主となり、3代で家系が絶えたところ、織田信長の次男織田信雄の家系の織田信休が宇陀の地から移封されて藩主となり以降10代織田信長の家系が続いた。織田信雄の家系が後期となる。

資料館に家系図があった。

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天下統一を目指した織田家。

織田信長はここざし途中で倒れたが、

豊臣家のように秀吉の直系が断絶するような目に合わず

子孫は徳川幕府の下、連綿とつづいた。

旧柏原藩の歴史は丹波市立柏原歴史民俗資料館で見ることができる。

 

話がちょっととんだ。

 

丹波市立柏原歴史民俗資料館の前に一か所立ち寄っていた。

 

高燈籠

丹波市柏原高燈籠

高燈籠までは、国道176号線のひとつ東の道を歩いたが、
ここから、丹波市立柏原歴史民俗資料館や旧柏原藩陣屋へや柏原の街の奥へ向かう。

左手の道からきて右手の方の道を歩いて行った。

道は少し年期が経っているが、整備された感がある。

観光用に整備された感じがするが、

観光客と思える人影はない。

 

この時期、赤い実をつけている低木を見るとついつい撮ってしまう。

少し離れた赤い実をつけた木の辺りから高燈籠の火袋あたり。

今は周りに二階建ての住宅が建っていて、

高燈籠が高いと感じる事がなかった。

昔は高く感じ、火袋に灯がともると遠くまで見えたのかもしれない。

 

大きな梅の木

 

やがて、丹波市立柏原歴史民俗資料館が見えてくる。

どれが資料館かは、着いてからわかった。

今はもうわかっているので、

下の写真の左に見える白いお城のような建物。

その向かいに「旧柏原藩陣屋」がある。

 

 


柏原藩主織田家旧邸陣屋

柏原藩陣屋は、織田信長の末裔である織田休が柏原へ移封してから約20年後の正徳4年(1714年)に、居館及び政庁として建てられました。陣屋の表門にあたる「長屋門」は創建当時のままの姿で残っています。現存する御殿は、文政3年(1820年)に再建された建物のうち一部となっており、全国でも数少ない陣屋遺構として貴重な史跡です。

(やぐら公園案内看板より)

 

長屋門

表御殿

この建物に、前に紹介したお雛さんがたくさん飾られていた。
入館には向いの資料館で入館料を支払ないといけない。

 

横には、かつて建物がどんな感じであったかを示す案内があった。

下の図の赤い線のあたりを表御殿の横にあったと示していた。



資料館に陣屋の模型があった。

現存してる旧柏原藩陣屋は下の写真の白い四角のあたり。

長屋門や表御殿あたりは下の写真あたり。

昔は人も少なく土地も広かった。

こんなに広い所に住むと固定資産税がどれくらいか、

買うのにも相当お金がいるように思う。

 

 

上の写真は下の赤い枠内の建物があった場所。

どんな部屋があったかのプレートが埋め込まれていた。

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奥まで歩いて、

振り返って。

塔が見えた。

柏原八幡宮のかな?

 

横をみてさらに奥に、すずめかな

すずめがいたところぐらいまで来た。

表御殿の裏あたり。

一回り見て、表御殿に入る為に、

資料館へ向かった。

 

   

 

丹波市立柏原歴史民俗資料館

柏原の文字が栢原となっている。

その理由も中の展示を見るとわかる。

 

この具足はここにはない、

京都の船岡山の建勲(たけいさお)神社に神宝として寄進した。

 

展示場の真ん中には

陣屋の模型がドーンとある。

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その周りに展示が並んでいた。

 

展示の下のずらっと説明分のプレートが並んでいた。

柏原藩の歴史や藩主のことなどがズラーっと並んでいた。

途中まで細かく読んだが。

興味があったのは、前期の織田家と後期の織田家の関係だったので、

以降の分は読まなかった。

火縄銃が展示されていた。

 

たんば黎明館

建物はミーティングと会議などに使われるようになっている。

入り口にお雛さんが飾れていた以外にこの建物の関係する人たちの展示ぐらいだった。

 

地図

 

 

次回は田ステ女と栢原八幡宮を紹介