【京都散歩 西から東へ 3】 六孫王神社 清和源氏の祖 源経基邸あとに息子の満仲が建てた 今度は源氏の神社【京都市下京区 東山区】 20260125

八条通り

若一神社を出て、八条通りを東へ。

JRの高架を再びくぐり、JR線の南に出た。

八条通りも同じようにJR線を越えて北から南に出て、京都駅前を通る。

この通りは「御前通り」

この高架をくぐったあたりから、
JR線沿いに八条通りが京都駅に向かって続いて行く。

この高架下の道は年季があった。

   

 

六孫王神社

次の目的地は「六孫王神社」

JR新幹線の高架の沿いをずっと歩いて到着。

三つの鳥居

南鳥居

壬生通りと八条通りの交差点の北西角にある。

この神社はいり口が三つある。

上で紹介した八条通り沿いの入口の鳥居の前の

神社名を刻んだ石碑の向いている方向が変だった。

前を通る八条通りに向いてではなく、先にある八条壬生交差点に向いていた。

八条壬生交差点に面して、また入口があった。

こちらは神社名を書いた立派な石碑があった。

そしてもう一つ、北にも入り口がある。

 

こちらが正面のような気がする。

こちらは東鳥居。

交差点に面した入口が一番大きそうだ。

 

   

 

六孫王神社とは

六孫王神社 由緒書き駒札

六孫王神社は、応和元年(九六一)に清和源氏の祖源経基の嫡男満仲が経基邸宅跡に霊廟を建てたことに始まると伝えられます。中世には衰退しましたが、元禄十四年(一七〇一)に江戸幕府により再興されたのが現在の社殿です。

建物は切妻造で平入の本殿と、その前方に建つ入母屋造、平入の拝殿が造合で連結された複合社殿です。連結部分の屋根には棟をつくらず、本殿と拝殿の軒がそのまま接しています。

唐門は、入母屋造の屋根の前後に唐破風をつけた四脚門で、両脇に回廊が接続しています。なお、屋根は当初本殿が皮葺、拝殿、唐門、回廊は柳茸でした。

当社の本殿は例の少ない切妻造本殿で、拝殿と接続した複合社殿である点に特色があります。また唐門、回廊も同時期の造営になり、これら一連の社殿は江戸時代中期の中規模神社の形態を知るうえで貴重であり、昭和六十一年六月二日、京都市指定有形文化財に指定されました。(由緒書き駒札より)

鳥居をくぐって境内に入ると広いこれは駐車場?かな。

その先にあるのは、この六孫王神社の宗教法人の事務所ビルだろう。

六孫王会館

上の写真で見える鳥居が本殿に続く道。

写真の左から回り込んで授与所の前を通り本殿に行くこともできる。

 

上の写真の鳥居のところまで来た。

六孫王神社

神龍池に架かる太鼓橋。

誕生水弁財天社

太鼓橋の手前に「誕生水弁財天社」がある。

六孫王神社 誕生水弁財天社



ちょっと読んでもわかりにくかったが。

由緒書きがあった。

水みくじ

六孫王神社 誕生水弁財天社 水みくじ

神龍池

誕生水弁財天社の前に池がある。
神龍池というようだ。

六孫王神社 誕生水弁財天社前から神龍池

太鼓橋を渡ると「神龍拝所」がある。

六孫王神社 誕生水弁財天社前から神龍池 神龍拝所

六孫王神社 誕生水弁財天社前から神龍池 神龍拝所

 

   

 

唐門

六孫王神社 本殿

唐門は、入母屋造の屋根の前後に唐破風をつけた四脚門で、両脇に回廊が接続しています。なお、屋根は当初本殿が皮葺、拝殿、唐門、回廊は柳茸でした。(由緒書き駒札より)

唐門から本殿にお参りをして、

すこし内部を覗き込んだ。

本殿

これが本殿かな。

六孫王神社 本殿

当社の本殿は例の少ない切妻造本殿で、拝殿と接続した複合社殿である点に特色があります。また唐門、回廊も同時期の造営になり、これら一連の社殿は江戸時代中期の中規模神社の形態を知るうえで貴重であり、昭和六十一年六月二日、京都市指定有形文化財に指定されました。(由緒書き駒札より)

 

廻廊があるというのでどんな感じか見たかった。

六孫王神社 本殿

 

手水舎

神龍池があるだけあって、

手水舎の龍もリアリティがあった。

六孫王神社 手水舎

 

神龍池のある六孫王神社を後にして、

京都駅前を通り、さらに東へ。

長くなったので、次へ

次は神龍にちなんで拝殿の天井に龍が・・という神社。

 

地図