「洛西 竹の径」のリーフレットの経路通りに歩いた。
インターネットにあったリーフレットだが、
リーフレットと同じ地図が掲示板に貼られていた
「洛西 竹の径」
https://www.kyoto-arc.or.jp/heiansannsaku/jurakudai/img/4rakusai.pdf
11月から初めて、やっと最後。
京都市のマップの「洛西竹の径」を見ながら歩いた京都市西京区の神社お寺史跡。
阪急桂駅から歩き初めて、3時間。
京都市から出て向日市入った。
京都市のマップは京都市内の分については、
ほぼいけた。
しかし、行政区が変わる向日市となるとちょっと違った。
ここからは、各所にある向日市の案内を見ながら歩くことにした。
竹の径へ(向日市)
樫原寺廃寺趾を出て、
地図通り竹の径を目指した。
樫原寺廃寺趾を出るともうすぐに向日市に入る。
それも知らずに京都市の地図を頼りに歩き出した。

この経路は住宅地と竹林の境界を通る道。
しかも、片手に住宅街の擁壁、
片手に竹林を見ながら歩く緩く長い上り坂。
朝9時から歩きだして、樫原寺廃寺趾で少し休んだだけで、
ほとんど休みなく歩いたので、
自分的にはちょっとしんどい所に、
この上り坂はちょっときつかったが、歩いた。

竹の径の竹というより、
竹藪の竹。

そして、この道の終点が見えてきた。
ここまで竹藪を見ながらの道は少し寄り道みたいに思えたが、
京都市の地図では突き当りあたりに看板があるようになっていた。
ちゃんと、看板があった。
京都市の地図では、そこを目印に右に竹の径があるようなっていた。

突き当りに看板はあったが、
でもチッチャと思った。

ちょうどこのあたり歩いた
竹の径案内看板のあたり。
京都市の地図でこちらの住宅地への方向へ進むことになるが。
竹の径があるように思えないし、
上り坂、もう避けたい気がした。

看板は向日市観光協会の地図だ。
下の地図をみて、どうも京都の地図とは方向が、
反対の左の方へ案内していた。
「第二京都改正病院」を目印に行けばいい。

左は下り坂

ここからはこの地図の案内の通りに歩くことにした。
郷に入れば郷に従え。
この先に「第二京都回生病院」がありその横の道を進めばいいようだ。
目指すは「第二京都回生病院」。
下っていくと大きな道に出た。
向日市の地図の通りに下り坂を歩いた。

竹の径(向日市)
竹の径の案内があった。

その先をみると、「第二京都回生病院」だと思われる建物が見える。
その横には上り坂があるような。

信号を渡って、

英語の日本語の二種類の案内がある。

竹の径で見ることができる竹垣の説明が書かれていた。
さらに、ここからは竹の径の案内看板が頻繁にあった。
悪い癖で
パット見てパシャッと写真を撮った。
よく読まなかった。
これがちょっと悔やまれた。
下の案内には、竹の径の場所によって違った竹垣があることを紹介していた。
ずっと後で気が付いた。

竹の径の始まり。
先に少しきつめの坂があった。


突き当りを左に行く。

このあたりはイノシシ。
イノシシは筍が好きなのだろうか?

竹の径の竹は、竹と竹の間が広く、日差しが差し込むようになっていた。
筍を栽培しているのだろう。

径の両側には、竹で編まれた竹垣が。
この竹垣も〇〇垣という呼び方があったはず。
普段から人の話を聞かないので、説明看板の案内もほとんど読まず。
写真に撮って、後で読んで、後悔するタイプ。

そして突き当りを右に曲がる。
その時来たところを振り返った。
「!」気が付いた。




竹は間隔をあけて生えていた。
陽が地面まで届いて竹が育ちやすい環境づくりをしている。
こんな竹林ならいいと思う。

竹垣の種類(向日市)
このようにたくさんの竹垣の種類があった。

海道垣

波を思わせるとおり垣根の名前は「海道垣」。

竹穂垣
いちばん多かった。メジャーな竹垣


物集女垣


深田垣


洛西竹林公園(京都市西京区)

竹の径は向日市と京都市西京区との境界あたりにある。
「洛西竹林公園」の前の道の向こうは向日市。

色々な種類の竹があった。
キンメイモウソウ
黄い色をした竹


キッコウチク
節が亀の甲羅のような形の竹


カンザンチク

他にもたくさんの種類の竹があった。
竹がこんなに種類があるとは思わなかった。
洛西竹林公園を後にして、次は物集女城跡へ向かった。
物集女氏と物集女城跡(向日市)
京都市のリーフレットの地図では、
この説明看板はまったく違うところにあるされていた。
この看板は最近整備されたようで、
物集女城公園の脇にあった。


物集女城はこの公園より少し南にある。
私有地なので、入ることはできない。
外から写真を撮った。





物集女城跡の手前に碑があった。
「物集女町 中条」の碑


戦国時代までこの地は物集女城があった。
城を中心、その周りに集落が形成され「城の中央大通り」とという意味で地名なった。
このあたりぐらいから物集女城があったのだろうか。
洛西口駅(京都市西京区)

そして阪急電車「洛西口」駅。桂駅の大阪方面の次の駅。
長いひと駅だった。

