高津宮に来るのは5年ぶり。
2020年には、大川沿いの天満橋近くの八軒屋浜から始まる紀伊街道を南に向かって
大阪にある熊野古道の九十九王子を巡った。
高津宮はその三番目の王子の郡戸王子(こうどおうじ)があると推定されている所。
北から歩いて行くと、北の門の階段がある。
2020年1月3日撮影
境内の北側は、お城のような石垣になっている。

上がってすぐのところにまた階段があった。


縁切り坂を下ると、今度は相合坂の登り口のひとつがある。

縁切り坂と相合坂のひとつと出会うところ。

縁切り坂を下りて、悪縁と縁を切り、
そして合相坂を上がっていい人と出会うという話ができそうだ。
相合坂の入り口は二つある。
上の写真と少し南にもある。
二つの坂が二等辺三角形のカタチをしており、
坂の両側からあがり三角形の上であい、そして二人で境内に上がって行く。

相合坂 降り口
下りて突き当りで二手に分かれる。
左に行くと、縁切り坂に続く。

坂が立て続けに三つ立て続けにあってその坂の名前の組み合わせがちょっとおもしろかった。
上の写真の左にある建物は絵馬堂。
西坂(縁切り坂)と相合坂は絵馬堂を挟んであるような感じだ。





北の門を入って左手には、本宮神輿蔵がある。
御祭りの時にでる神輿の倉だ。
少し前の7月17日と18日に斎行された。

大阪大空襲でも燃えなかったようだ。

その横には、
郡戸王子推定地

熊野三山の熊野速玉大社から椥(なぎ)の苗木が贈られた。
椥(なぎ)は、「種々の苦難のなぎ倒す」とも言われている。

郡戸王子は、比売許曽神社の社地にあるとされている。
高津宮は、もともと大阪城の地にあったが、
豊臣秀吉が大阪城築城の際に比売許曽神社の地(現在の地)に移されたようだ。
境内には、比売許曽神社があった。

五代目桂文枝の碑
落語も縁があるようだ。五代目桂文枝さんは高津の富亭に欠かさず出演したようだ。


高津の宮亭は高津宮の境内にある。
本殿に向かって右手にある。横に喫茶店というか茶店がある。


この日もあったようで、桂文太さんの高座があったようだ。
喫茶店の人の話では、桂文太は盲目落語家のようだ。
よく高津の富亭で落語をしているとのこと。
多い時には、社務所の横も使って落語を行ったりするようだ。
喫茶店の名前は「富亭カフェ」。

高津宮は、落語とも関係が深い。
生玉さんやこの辺りの有名な寺社は、
子供ころからなんとなく耳覚えのある所がおおい。
なんとなく、昔の大阪の風景が偲ばれる。
本殿

本殿前から
右手が社務所、左手に手水舎が見える。左手のさらに先に、高津の富亭がある。


神社は木々が多く、都会にあっても安らぎを与えてくれる。
神様の領域であり神聖な雰囲気も味わうことができる。
暑い日だったが、とてもいい気分でお参りをすることが出来た。

